クロガネ・ジェネシス

第13話 相容れぬ者達
第14話 決着 2人の荒馬
第15話 鮮血の海に沈む者
目次に戻る
トップページへもどる
感想はこちらにお願いします→雑談掲示板

第一章 海上国家エルノク

第14話
決着 2人の荒馬



「アッ……うう……」
 武大会のリングの上。そこでは現在決勝戦が行われている。
 リングの上に立っているのはフードと仮面を被った人物が1人と、うつ伏せで倒れている男が1人。前者のフードと仮面を被った人物とはこれまでの試合で対戦相手全てを瞬殺してきた実力者アールだ。
 そして後者。倒れているのは、堂々と優勝宣言したはずの男、鉄零児《くろがねれいじ》だった。
「終わったか……」
 会場は先ほどから静まり返っている。優勝宣言をした零児に多くの観客は期待した。しかし今、優勝宣言した零児はうつ伏せで倒れている。誰もが零児の再起を願っていた。
「クッ……クソ……」
 体が動かない。全身が痺《しび》れて思うように動かない。彼は背中から殴り飛ばされたのだ。
 そんな零児の視界がだんだん白くなってきていた。しかし、それは気絶ではなかった。
 ――こ……この感じ……?
 エルノクに来る前に立ち寄った巨大な古城。そこで乗っ取られたネルに殴り飛ばされた時もこんなことがあった。零児はそれを思い出す。
 ――ダ、ダメだ……!
 この後どうなるのか知っている。この場を切り抜けるために必要な特殊な武器を零児は知る。しかし、今零児に必要なのは戦うための武器ではない。
 ――俺は……実力で、アイツを倒さなきゃならないんだ……。新しい武器など要らない! だから、立ち上がらせてくれ! 頼むから引っ込んでろ!
 白くなりかけた視界が消え去る。その瞬間、会場が大いに沸いた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
 零児は立ち上がっていた。自分がどんな瞳をしていたのか。それは零児自身も良くわからない。
「負けられない……!」
 零児の目の前には、アールの他に、審判がいた。もう少し立ち上がるのが遅れていたら、敗北していたのかもしれない。
 審判は零児が立ち上がったのを確認してその場からそそくさと立ち去って行った。
「ほう……!」
 仮面を被った拳闘士アールは、驚嘆《きょうたん》とも感心とも取れる声を上げた。零児の耳には、そのどちらかだったのかは判断できない。
「いい目をしている。少なくとも、今まで戦ってきた者達より、はるかに迷いがない……」
 ――ゾクッ……。
 零児の背筋に冷たい何かが迸《ほとばし》る。切り落としたバターがゆっくりと背中を伝っていくかのような寒気だ。
「オモシロイ……!」
 ――もう……頭で考えるのはやめだ……!
 アールが再び突進してくる。
「アアアアアアアアアアア!!」
 獣じみた咆哮を上げながら、零児は狂ったように拳を振るった。その矛先《ほこさき》はアールの右手だった。彼女の右手は握られており零児に対し攻撃する体勢を取っていたのだ。
 2人の拳がぶつかり合う。同時に零児の拳が弾き飛ばされた。
「グァッ!」
「私を……楽しませろ!!」
 零児の拳を弾き飛ばしたアールは素早く足を振り上げた。それはかかと落としをする前兆だ。そのモーションが見えた僅かな間に零児は動いた。
 体を右にぐるりと1回転させてから蹴りを放つ。いわゆる回し蹴りだ。
「むっ……!?」
「オオオオ!」
 零児の右回し蹴りはアールのわき腹に直撃した。零児は初めてアールに一撃を当てて見せたのだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
 会場から歓喜の雄叫びが鳴り響く。これまでアールの攻撃を回避できた者すらいなかったのに、さらに攻撃を当てることに成功したのだ。
『いけえええええええ!! クロガネレイジィ!!』
『アールを倒せェェェェ!!』
『頑張ってー!!』
『レイジ! レイジ! レイジ! レイジ!』
 観客の声が次から次へと零児の耳に入ってくる。観客の目には自分より強いものに挑む零児の姿が、勇者か何かに見えたのかもしれない。
「負けられない……。俺は……負けられない!!」
 しかし、零児の耳に声援など入っていない。そんなものに興味はない。零児の心にあるのは、アールに勝利するという執念のみ。
 不思議なことに背中から伝わっていた痛みは今となってはほとんど感じなくなっていた。というより、痛みを感じないほどに精神を集中させていた。そのため、感覚がかなり鋭敏になっている。アールのかかと落としが落とされる前に、反応できたのはそのためだったのかもしれない。
 それが今後も続くかどうかはわからない。零児はただ眼前の壁を乗り越えるために、回し蹴りを受けてたたらを踏むアールに疾駆した。
「勝つ……俺は、お前に……!」
「……!!」
「勝つ!!」
 低い跳躍から放たれる跳び蹴り。アールはそれを左手で受け止めた。しかし、勢いが強すぎたためか、受け止めたはいいものの、再びアールは後退した。
「ぐっ……!」
「まだだぁ!」
 零児は不安定な体勢ながらリングに着地する。そしてすかさず右手を伸ばし、アールのフードを掴んだ。
「どぉりゃぁっ!!」
 アールの体を引き寄せ、すかさず仮面越しに頭突きをかます。
「ぐぅう……!」
 やはり、仮面越しに頭突きは効いたのか、アール呻き声を上げた。
「もう1発!」
「フンッ!」
 しかし、零児の頭突きに2発目はなかった。アールの拳が零児の頬を強く殴ったからだ。あごと脳が揺さぶられる感覚。
「ぐうう……!」
 思わずフードを放す零児。が、その瞳はまだ死んでいない。さらなる攻撃に備え後退し、距離を開ける。
「フッ……フハハハハハハハハ!!」
「……!?」
 突如大きな声で笑うアール。そして、アールは先ほどの零児と同じように疾駆する。そして、アールの体が浮き上がる。跳躍だ。多分跳び蹴りの類。
 ――今だ!
 零児は対アール戦に向けて用意していた木刀を今こそ抜き放つ。
「食らえええええええええええええええええええ!!」
 全身を捻《ひね》って抜き放たれる木刀。それは剣道とは違った、鞘から抜き放つ時の勢いを殺すことなく最大限に利用する"居合い抜き≠セった。一直線に零児の元へ跳躍を敢行したアールに避ける術はない。
 木刀は見事アールの右足首に直撃した。同時に鈍い音と、乾いた音が響き渡る。1つは木刀が折れた音。もう1つのアールの右足首の骨が見事に折れた音だった。
「ぐぅあああ……!!」
 アールは空中で体勢を崩し、惰性で宙を舞う。零児は一直線に跳んでくるアールを交わした。
 零児は素早く、アールに目を向ける。零児は驚愕した。
 アールは立っていた。左足のみで。
「はぁ……まだ……はぁ……やんのかよ……?」
「フハハハハ……!!」
 アールはこれ以上ないくらい愉快に笑う。何がそんなに愉快なのかは零児にはわからない。
「ハハハハァ……。この身許すまで……戦いたいところであった……が」
「……?」
 アールは心底残念そうにため息をついた。その意図が分からなくて、零児は未だに木刀を構えている。
「残念だ……どうやら我が主は、これ以上戦ってほしくないようだ」
「主……? お前は……一体?」
「私のことなど気にするな。それよりも……」
 アールはゆっくりと零児を指差した。
「この私から勝ち星を取ったそなたの名を……私は一生忘れない……」
 それはアールの敗北宣言だった。零児は自分の耳を疑った。僅か数分の戦い。敗北の覚悟すらした相手が、自ら敗北を認めたのだから。
 それを悟り、零児は笑みをこぼした。
「そりゃ光栄だね……」
「私の敗北だ……。縁があったらまた会おう……。さらばだ!」
 次の瞬間、アールは左足のみでその場から跳躍した。そして、観客席の小さな足場を伝ってコロシアムの外へと跳んで行った。
 その身体能力に本来なら驚くところだ。しかし……。
「……はああああ……!」
 今の零児にそんなことを考えるほどの精神的余裕はなかった。強敵を倒したという達成感と、強い疲労感が全身を支配する。
 零児は両手、両膝をついて大きくため息を吐いた。
『この試合……』
「……?」
『アール選手の降参と見なし、クロガネレイジの勝利とする!』
『ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『レイジ!! レイジ!! レイジ!! レイジ!! レイジ!! レイジ!!』
「……?」
 観客が自分の名を呼ぶ。いつの間にか零児は応援されていることを忘れていた。
「レイジ!」
「レイちゃん!!」
 その時、観客席からアマロリットと火乃木、シャロンも駆けつける。
「レイちゃん! 良く頑張ったね!」
「おめでとう! レイジ!」
「おめでとう……!」
 3人がそれぞれ祝福の言葉を伝える。
「ありがとう……」
 零児は素直にそれを受け取った。
 会場は強敵アールを倒した零児に惜しみない拍手を送っている。その拍手と声援が、零児の心に染み渡っていく。
 人の言葉でしかないのに、こんなにも心が癒されるような気がするのはなぜだろう……?
 そんなことを零児は考えていた。
『静粛に!!』
 その時だった。突如として今まで聞いたことのない声が、会場全体に響き渡った。その一言で、この場にいる全ての人間が口を閉じる。
 零児はアマロリットと火乃木に肩を借りながら立ち上がる。そして、声の主へとその視線を向けた。声の主はエルノク国王だった。
『第199回、アルテノス武大会優勝者、クロガネレイジよ……。おめでとう。そなたの戦いの勇士、しかと見届けさせてもらった。そなたには、武大会優勝を祝して、金貨1000枚と、この白き竜《ドラゴン》、セルガーナ。さらに、騎士の称号と、龍騎士《ドラゴン・ナイト》候補生としての最短カリキュラム受講の権利を与える!』
「……!」
 零児はエルノク国王の言葉に耳を疑った。
 金貨1000枚。
 セルガーナ。
 騎士の称号。
 龍騎士《ドラゴン・ナイト》への最短カリキュラム受講の権利。
 零児はその4つ全てを手に入れることができたのだ。
 ――俺って……本当に凄い大会で優勝したんだな……。
 零児はこの大会を侮っていた。外からの参加者からはただのお祭り行事なのかもしれないが、龍騎士《ドラゴン・ナイト》を目指す人間からしてみれば大変な行事だったということを、思い知らされた。
『贈呈については、本日午後21時より、表彰式の席にて行う』
 ――に、21時だと!?
 それは零児にとって最大の誤算だった。いや、ある程度予想はしていたことが確信に変わり、焦りが出てきたといったほうが正しい。
『しかし、それとは別に、我が王宮にて、1つだけそなたの望みを叶えてしんぜよう。今この場でそなたの望みを1つだけ言うがいい。我が王宮で叶えられる範囲でなら、何でも叶えて見せよう』
「俺の……願いを……」
 その時、どこからともアナウンサーが姿を現し、零児の口元に魔術師の杖を突きつけた。願いを1つだけ言えということなのだろう。
『国王陛下……』
 零児はアマロリットや火乃木に肩を借りるのをやめその場にひざまずいた。火乃木とアマロリット、シャロンも零児と同じように膝を折る。
『私は……金貨1000枚も、騎士の称号も、龍騎士《ドラゴン・ナイト》のカリキュラムもいりません!』
 今度は国王が驚く番だった。零児の言い分は少なくとも彼が国王の座について以来初めてのことだったからだ。
『な、なに? では、何が望みなのだ?』
『私の望み……それは、今すぐセルガーナをご貸与いただきたいのです!』
『今すぐに?』
 観客がざわめく。優勝した零児にはそれなりの望みを叶えると国王から言われているのに、それを蹴ってまで今すぐにセルガーナが必要な理由。それは一般の神経では理解できない考えだった。
『その理由は……?』
『はい、私の……大切な仲間達を救うためです!』
 国王は真顔で逡巡《しゅんじゅん》する。零児の真意を図《はか》るためだ。
『続けよ』
 そしてさらに零児に続きを促した。なるべく詳しい事情を聞き入れたいのだろう。零児は言われるままに、そして可能な限りの情報を国王に述べる。
『私の仲間は、友は、今ある場所に捕らえられた1人の女性を救うために戦っています。しかし、彼らもまた閉じ込められてしまいました。そして、彼らを助け出すためにはセルガーナの力がどうしても必要なのです! それが、私がこの大会で優勝を目指した理由なのです!』
『……しかしそなた、飛行龍《スカイ・ドラゴン》に乗ったことがあるのか?』
『その点については、私《わたくし》にお任せください』
 国王の言葉が終わるや否や、アマロリットは零児に向けられていた魔術師の杖を奪い取り話し始めた。
『そなたは?』
『はい、私《わたくし》の名は、アマロリット・グリネイド。この、鉄零児の身内です。私《わたくし》に龍騎士《ドラゴン・ナイト》の称号はありませんが、飛行龍《スカイ・ドラゴン》を乗りこなす技術はあります! 陛下! セルガーナの貸与を、今この場でお願いします!』
『…………』
 国王は迷っているようだった。零児とアマロリットの目は見る限り真剣そのものだ。先のアールとの試合で零児が極めて真剣に戦い、勝利を勝ち取った所を見ればその言葉に嘘偽りがないことはわかる。しかし、彼にはどうしても確かめなければならないことがあった。
『1つ問おう。そなたの仲間を助けるために、セルガーナが必要なのであったな?』
『はい』
 その問いに零児が答える。
『なぜそれを、自分達で解決しようとするのだ? 我が国の兵士に調べさせ、解決に導くことも十分に出来たはずだ』
 国王の言うことはもっともだった。アルテノスの兵士とて、決して無能ではない。むしろ優秀といえる。彼らに頼らないのは兵士を無能と言っていることと同義に受け取られても文句をいえない。
『それは……』
『申し訳ありませんが陛下。その質問にはお答えできかねます』
 またもアマロリットが横から口を挟む。
『何故《なにゆえ》だ?』
『この事件は、私達身内の問題なのです。他の人間を巻き添えにすることはできなかったのです。わがままであることは承知しております。しかし、それでも、私達は自分達で解決する以外になかったのです!』
『……』
『お願いします陛下! いつの日にか、お話できるときが来たら、お話しようかと思います。ですから、今は目をつぶって、私達にセルガーナの貸与をお願いします!』
 アマロリットはまっすぐに国王陛下を見つめた。そして、それは零児と火乃木、シャロンも同じだった。
 長い沈黙が続く。4人の男女は自分達よりはるかに上にいる国王の前で膝を折り、自分達の望みを口にしている。
『フッ……フッハッハッハッハ!』
『……!?』
 国王が突如として口を大きく開けて笑う。何がおかしいのか、零児にもアマロリットにもわからない。
『私の若い頃にそっくりだな、そなた達は……』
 そういわれてもどう返せばいいのかなんてわからない。
『よかろう! これ以上詳しくは聞くまい! セルガーナに限って今! そなたたちに授与する! 調教師よ! セルガーナを彼らに!』
 4人は顔を見合わせた。エルノク国王は零児達の望みを受け入れてくれたのだ。
 数分の時が経過し、零児達の前に白き竜《ドラゴン》、セルガーナが調教師に連れられて姿を現す。
「でかいな……」
 零児は思わず呟いた。ドラゴン大国であるエルノクで育てられたためなのか、その背には人間が4、5人くらい乗れるだけのスペースがある。それでいて体は細く、翼はしっかりしている。
「クロガネ様、これを……」
 調教師が零児に何かを手渡す。それは竜《ドラゴン》を象《かたど》った銀色の小さな笛のようだった。首からかけられるように紐がついている。
「これは?」
「ドラゴンに人間の意志や指令を与えるための『竜操の笛』です。竜《ドラゴン》が主を信頼していれば、この笛を通して指示を送ることでこのセルガーナこと、シェヴァはあなた様の言うとおりに、動いてくれることでしょう。セルガーナは人語を理解できるため、基本的には不要かと思いますが、緊急時などには役に立つでしょう」
 零児はそれを受け取り、首からかける。
「……ありがとう」
 調教師に礼を言う。そして、セルガーナこと、シェヴァと視線を合わせる。
「よろしく頼むぜ、シェヴァ」
『グウォォォオオオン!』
 シェヴァは零児を主と認めたのか、低く、しかし確かな雄叫びを上げた。
 そのシェヴァの背にアマロリットが乗り、手綱を握る。
「よぉし、いい子ね……。さ、零児! 行くわよ!」
「ああ!」
 アマロリットに続いて、零児もシェヴァの背中に乗る。
「じゃあ、ちょっと行ってくるぜ。火乃木、シャロン!」
「行ってらっしゃい!」
「2人の帰り……待ってる」
 火乃木とシャロンは零児とアマロリットを送り出す。2人にできるのはただ帰りを待つことだけだ。
「よし! アマロさん、頼む!」
「オッケー! しっかり捕まってなさいよ!」
「シェヴァ! まずはアマロリットの操舵に身を任せてくれ!」
「グォアアアン!!」
 シェヴァは両足で大地を蹴り、大きく跳躍する。同時に翼を広げ、その翼に風を受けて大空へと羽ばたいていった。
第13話 相容れぬ者達
第14話 決着 2人の荒馬
第15話 鮮血の海に沈む者
目次に戻る
トップページへもどる
感想はこちらにお願いします→雑談掲示板